あの日のキャンディに、私は自分を重ねていた
失ったものばかり見ていた私が、ようやく見つけた「自分らしさ」
子どもの頃、大好きだったアニメがあります。
キャンディ・キャンディです。
毎週楽しみに見ていました。
そして、いまだに全巻、漫画本を持っています。
当時は、なぜあんなに好きだったのかわかりませんでした。
でも最近ふと思ったんです。
私はキャンディに憧れていたというより、自分を重ねて見ていたのかもしれないな、と。
私が子どもの頃、家は安心できる場所ではありませんでした。
父はギャンブルによる借金を抱え、私が幼い頃に家を出ていきました。
蒸発でした。
母は神経過敏症、自律神経失調症で、いつも体調が悪そうでした。
横になっている姿を見て育った記憶があります。
子どもだった私は、
「お母さんを困らせてはいけない」
そう思っていたように思います。
だから、わがままを言わない子になりました。
我慢する子になりました。
空気を読む子になりました。
そしていつの間にか、
「私はどうしたいのか」
よりも、
「どうしたら周りを困らせないか」
を優先するようになっていました。
今振り返ると、それは私なりの生き抜く方法だったのだと思います。
キャンディもまた、たくさんのものを失いながら生きていました。
大切な人との別れ。
思い通りにならない現実。
理不尽な出来事。
子どもの頃は、そんなキャンディの明るさばかり見ていました。
でも大人になって見返すと違うんです。
キャンディは強い人ではありませんでした。
ちゃんと泣いていました。
ちゃんと傷ついていました。
何度も絶望していました。
それでも歩くことをやめなかった。
今の私は、そこに心を打たれます。
私もずっと頑張ってきました。
38年間の会社員生活。
真面目に働いて、
責任を果たして、
周りの期待に応えて、
迷惑をかけないように生きてきました。
頑張ることは得意でした。
でも、自分を大切にすることは苦手でした。
今思うと、
子どもの頃から身につけた「いい子」が、そのまま大人になっていたのかもしれません。
会社を辞めた翌朝のことです。
窓を開けて深呼吸をした瞬間、涙が出ました。
「あれ・・・私、ずっと息を止めて生きていたんだ」
そんな感覚でした。
父がいなくなったこと。
母を心配していたこと。
周りの期待に応え続けてきたこと。
全部がつながった気がしました。
そして初めて、
「私は本当はどう生きたいんだろう」
そんなことを考え始めたのです。
退職のきっかけになったのが、ストレングス・ファインダーでした。
それまでの私は、足りないものばかり見ていました。
もっと頑張らなきゃ。
もっとできるようにならなきゃ。
もっと認められなきゃ。
でも、本当に必要だったのは違いました。
足りないものを探すことではなく、すでに持っているものに気づくことでした。
私は人の話を聴くことが好きでした。
調べることが好きでした。
学ぶことが好きでした。
人の可能性を信じることが好きでした。
でも、それは自分にとって当たり前すぎて、価値があるなんて思っていなかったのです。
最近、よく思います。
強みは、成功体験の中だけにあるわけではないな、と。
むしろ傷の近くに隠れていることがある。
父がいなくなった経験。
母の顔色を見ながら育った経験。
安心できない中で生きてきた経験。
もちろん、あの頃に戻りたいとは思いません。
でも、その経験があったからこそ、人の痛みに気づけるようになりました。
頑張りすぎている人を見るとわかるんです。
「大丈夫ですか?」
と声をかけたくなります。
苦しんでいる人の話を、最後まで聴きたくなります。
もし私が違う環境で育っていたら、今の仕事はしていなかったかもしれません。
以前の私は、自己受容というのは自分を好きになることだと思っていました。
でも今は少し違います。
好きになれない日があってもいい。
落ち込む日があってもいい。
自信がない日があってもいい。
それでも、
「そんな日もあるよね」
と言えること。
それが自己受容なのかもしれません。
キャンディも完璧ではありませんでした。
泣いていました。
迷っていました。
それでも自分の人生を生きていました。
私たちも同じなのだと思います。
ここで、あなたに聞いてみたいことがあります。
あなたはこれまでの人生で、何を失いましたか?
叶わなかった夢でしょうか。
諦めたことがあるでしょうか。
誰にも言えない悲しみでしょうか。
きっと誰の人生にも、失ったものがあります。
でも、その一方で。
その経験があったからこそ身についたものはありませんか?
優しさかもしれません。
粘り強さかもしれません。
人の気持ちを察する力かもしれません。
最後までやり抜く力かもしれません。
私たちは失ったものには敏感なのに、
残ったものには案外気づいていません。
強みというと、資格や能力や実績を思い浮かべる人が多いかもしれません。
でも本当はもっと自然なものです。
本人にとっては当たり前すぎて気づいていないもの。
苦労せずにできてしまうこと。
人から感謝されること。
そんなところに隠れていることが多いのです。
そして不思議なことに、人生で乗り越えてきた経験が、その強みを育てていることもあります。
子どもの頃の私は、キャンディの明るさに憧れていました。
でも今は違います。
私が惹かれるのは、彼女のしなやかさです。
傷ついても生きる。
失っても愛する。
思い通りにならなくても前を向く。
そんな生き方です。
人生はやり直せないかもしれません。
でも、途中から描き直すことはできます。
少なくとも私は、そうでした。
だからもし今、
「このまま人生終わるのかな」
そんな不安を抱えている人がいたら伝えたいのです。
あなたの人生で起きた出来事が、あなたの価値を決めるわけではありません。
むしろ、その出来事を抱えながら今日まで生きてきたこと自体が、あなたの強さです。
そして、その強さの中に。
まだ気づいていない、あなただけの才能が眠っているのかもしれません。
今日の問い
・人生で失ったものは何ですか?
・その経験から身についたものは何ですか?
・人からよく感謝されることは何ですか?
・あなたが当たり前にできることは何ですか?
もしよかったら、少しだけ考えてみてください。
もしかしたら、その答えの中に。
あなたらしい強みの種が隠れているかもしれません。



ようこさん、いつもコメントをいただいたり、ライブ配信に遊びに来ていただいたりして、ありがとうございます。そして、こんな素敵な記事まで書いていただき、本当にありがとうございます。
『キャンディ・キャンディ』は、子どもの頃に再放送か何かで見ていた記憶がありますし、あの有名なテーマ曲も口ずさめますが、どのような内容のアニメだったのかは全然覚えていません。
ただ、今回の記事を読んで、『キャンディ・キャンディ』が不幸な生い立ちや環境の中でも、強く生きていく少女のお話なのだということが、改めて分かりました。
そして、そんな『キャンディ・キャンディ』に人生を重ね合わせながら、今この記事を書いているようこさんの姿を想像しつつ、読ませていただきました。
今回の記事の途中や最後にある問いにも、僕なりに答えさせていただきたいと思います。
人生で失ったものについて考えると、何もないと言えば何もないですし、あると思えば、たくさんあるのだと思います。
あえて「失った」ということにフォーカスすると、大切な恋人や、多くの方からの信頼、あるいは自分自身の可能性を、いくつも失ってきたと思います。
そして、その経験から身につけたことは、言葉にして伝えなければ思いは伝わらないこと、そして目先の利益や欲に飛びつくと、長い目で見た時に大きな損失を被ることです。
人からよく感謝されることは何でしょうね。
「言葉に励まされた」「元気が出た」と言われることは、比較的多いのかなと思います。
そして、僕が当たり前にできることは、このSubstackで1日15時間ほど暴れ回っているように、一つのことへ没頭することなのではないかと、客観的に分析しています。
こうした強みを生かしながら、今後もSubstackを活用し、ようこさんのような素敵な方との出会いが、さらに増えていけばいいなと期待しています。
これからも、たくさん学ばせていただきます。そして、たくさん関わらせていただきます。
ともに進化・成長していけたらいいですね。素敵な未来に向かって。