自分を信じて立つ練習。
応援者として生きたい私が最近感じていること。
最近、少し不思議な感覚があります。
「動くと、本当に動くんだな」
という感覚です。
先日、既存のクライアントさんへメルマガで、
「最近どうですか?」
と軽く声をかけてみました。
すると、思っていた以上に反応が返ってきました。
そのとき感じたのは、すごい文章を書いたからでもなく、完璧な企画を考えたからでもなく、ただ私が動いたから。
それだけだったのです。
私は長い間、ちゃんと準備しなきゃと思って生きてきました。
せっかく時間をいただくのだから。
役に立たなければいけない。
失敗してはいけない。
質問も資料も準備しておかなければ。
そんなふうに考えるのが当たり前でした。
でも先日、コーチとのZoomで、あることに気づかされました。
準備をすればするほど、いつの間にか相手よりも、
「せっかく作ったんだから見てほしい自分」
が前に出てきてしまうことがある。
その言葉を聞いた瞬間、思わず笑ってしまいました。
本当にその通りだったからです。
私は準備をしていたようで、実は不安を消そうとしていたのかもしれません。
本来の私は、その場で感じ、その場で考え、その場で相手に合わせて動くことが得意です。
慎重に準備することより、目の前の人に意識を向けること。
そして、自分を信じてその場に立つこと。
それが私にとっての本当の準備なのかもしれない。
そんなことを感じています。
もちろん、簡単にできるわけではありません。
私は子どもの頃から、母の顔色を見ながら育ちました。
機嫌を察し、空気を読み、先回りして動く。
それが当たり前でした。
会社員になってからも、人との関係でたくさん傷つきました。
人格を否定されるような言葉を受けたこともあります。
だから今でも、無意識に心のシャッターを下ろしてしまうことがあります。
人が怖い。
嫌われたくない。
そんな感覚がどこかに残っています。
でも最近は、そんな自分を責めることが少し減ってきました。
「ああ、そうやって生き延びてきたんだな」
と思えるようになったからです。
先日も仏壇の前で静かに座り、しばらく瞑想をしていました。
頭の中では、あれもしなきゃ、これもしなきゃ、という声がぐるぐる回っていました。
でも10分ほど経つと、少しずつ静かになっていきました。
何か特別なことをしたわけではありません。
ただ座っただけ。
それなのに、心がふっと軽くなりました。
私にとって瞑想は、答えを探す時間ではなく、自分に戻る時間なのだと思います。
もうすぐ59歳になる今、改めて思うことがあります。
私は講師になりたいわけではありません。
誰かに正解を教える人になりたいわけでもありません。
私がなりたいのは、応援者です。
私も苦しかった。
私も迷った。
私も自分を信じられなかった。
だからこそ、同じように悩んでいる人に、一緒にやろうよと言える人でありたい。
隣に座って、そっとエールを送れる人でありたい。
そんなふうに思っています。
最近の私のテーマは、「自立」です。
自立とは、一人で頑張ることではなく、自分で信じて立つこと。
まだまだ練習中です。
不安になる日もあります。
立ち止まる日もあります。
それでも少しずつ、自分を信じて一歩を出してみようと思っています。
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焦らなくて大丈夫。
人生は競争ではなく、自分らしい道を見つける旅だと思うから。
まずは整理することから。
そこから次の一歩は見えてくるはずです。
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